

アジア最大のIR市場・マカオ視察と香港経由の移動インフラ
アジア最大規模の統合型リゾート(IR)市場を体感するため、9月にマカオを訪れました。初めての訪問となった今回は、IRの現地視察に加え、地域全体の移動インフラを把握する目的もあり、近接する香港国際空港を経由するルートを選びました。
2024年の旅客実績をみると、大阪・関西国際空港が約3,060万人に対し、香港国際空港は約5,310万人と、アジアのハブ空港として圧倒的な規模を誇ります。香港からマカオへは、高速フェリーのほか、香港–珠海–マカオ大橋(HZMB)を渡るシャトルバスやチャーター車を利用することができます。
マカオと香港はそれぞれ独立した特別行政区であるため、どのルートを選んでもイミグレーションでのパスポートチェックが必要でした。こうしたインフラの接続性と出入国管理の運用は、一国二制度下における独自の秩序を維持しつつ、域内のシームレスな経済活動を支える基盤となっていることを実感しました。
広域経済圏「Greater Bay Area(GBA)」と世界最長の海上橋
香港とマカオは、中国の特別行政区として独自の制度を保ちながら、広東省の主要都市とともに「Greater Bay Area(GBA)」を形成しています。物流、製造、経済、金融、観光が密接に結びつくこの地域の象徴が、2018年に開通した全長約55kmの香港–珠海(ジュハイ)–マカオ大橋(HZMB)です。
橋梁と海底トンネルを組み合わせた壮大な海上インフラが港湾都市を直結し、湾岸経済圏の発展を力強く下支えしています。関西でお馴染みの明石海峡大橋が約3.9kmであることを考えるとその規模は圧倒的です。
また域内のGBAの総人口は約8,600万人、総生産は2023年に14兆人民元(約1.97兆米ドル)を突破し、名目GDPでは韓国を上回る巨大経済圏へ突き進んでいます。


マカオ国際空港の拡張と「1+4戦略」:世界観光センターへの脱皮
巨大で広範囲な経済規模のGBAの1都市であるマカオ特別行政区政府は、マカオ国際空港の拡張に向けた大規模な開発プロジェクトを正式に始動しました。現在、年間約1,000万人の旅客を受け入れている空港は、2030年頃までに1,500万人規模へと拡張される予定です。
もっとも、マカオへの訪問者の約9割は、いずれもマカオからおおむね移動時間1〜4時間圏内の近距離地域(中国本土・香港・台湾・東南アジア)からの来訪です。さらに、来訪者全体の約8割が、橋や陸上口岸などの陸路ルートを利用しており、これはマカオ政府が政策として掲げる『経済の適度な多元化(1+4戦略)』に直結するインフラ整備と言えます。
政府は現在、カジノ収入や中国本土客への過度な依存からの脱却を図り、海外(非中華圏)からのインバウンドの誘致と、MICE(国際会議・展示会)産業の育成に力を注いでいます。遠方の国際観光客やビジネス層を迎え入れるためには、空の玄関口の強化が不可欠です。つまり今回の空港拡張は、マカオが真の『世界観光・エンタメの中心地』へと脱皮するための、行政主導による中長期的な戦略投資といえるのです。
2024年統計データ:回復する市場と浮き彫りになる宿泊インフラの課題
マカオ統計調査局(DSEC)の資料によると、2024年のマカオの総訪問者数は 3,400万人(前年比23.8%増)。このうちインバウンド数は240万人(前年比66%増)。インバウンド内訳ではフィリピンが最多で 49.3万人(前年比57.1%増)。日本からの訪問者も 12万人(前年比68.2%増)と大きく伸びた模様です。
滞在日数の内訳となる、日帰り1,888.5万人(54%)/宿泊1,604.4万人(46%)からもわかるように、極めて近距離圏で構成されている市場だとわかります。それでも2024年のマカオのホテル宿泊施設(146軒)の客室平均稼働率は驚異の86.4%に達しました。
宿泊客数は1,443万3,000人。2024年のマカオでの利用可能な客室総数は43,000室であり、宿泊客に対する単純な供給不足の現状が浮かび上がります。またデータが提供する「平均宿泊人数が1.7人」という数字は、1室あたりにカップルや家族単位での宿泊が多いことを示しており、MICEなどのビジネス利用が少ないことも示唆しています。

The PLATiNUMのマリーさん(左)

MGMコタイの「宝石箱」をイメージした建築物
プロフェッショナルによる現地コーディネートと視察支援
さて、今回のマカオ出張では、グローバルで統合型リゾートやカジノ・観光産業のコンサルティングを手がける The PLATiNUM Ltd に現地のコーディネイトを依頼し、IR施設の視察の調整をサポートしていただきました。
統合型リゾートのコンサルティングファームとして豊富な知見とネットワークを持つ同社の支援により、マカオにおけるIR運営の実情をより深く理解することができました。担当してくださった主任コンサルタントの Mary Mendoza 氏(写真左)とは、以前バンコクでのゲーミング業界イベントを通じて知り合いました。
特筆すべきは、いかなる状況下でも顧客の視察目的を達成するために最善を追求するプロフェッショナル精神と、現地に深く張り巡らされた関係者との強固なネットワーク網です。実は視察当日、台風の接近によりスケジュールが1時間半ほど遅延する事態となりましたが、即座に関係各所と連携。またスムーズな移動を確保するドライバー付き車両を手配してくださるなど、一切の滞りを感じさせない神対応でした。
さらに、夜のディナーへの招待からマカオの主要観光地の視察まで、最終的に夜23時までフルコースで同行し、マカオの市場背景を熟知した質の高い視座で解説し続けてくれるという、驚異のサービス精神には本当に感銘を受けました。The PLATiNUMチームの協力なサポートのお陰で、単なる見学に留まらない、現地ネットワーク構築、多角的な知見を得られる極めて有意義な視察となりました。
MGMコタイの施設概要とマカオのカジノ運営権制度
マカオのコタイ地区に位置するMGM Cotai(エムジーエム・コタイ)は、MGM Grand Paradiseが運営する2018年に開業した統合型リゾートです。1,418室の客室、12のレストランやバー、27の高級リテール店舗、約3,000㎡のMICE施設など、多彩な非ゲーミング型 アトラクションを有しています。
カジノエリアには、410台のテーブルと972台のスロットマシンが設置されており、圧倒的なスケールを誇ります。マカオのIRを象徴する、ラグジュアリーかつ機能的な施設設計が大きな特徴です。
現在、マカオには6つのコンセッション(営業権)保有者が存在し、最新の契約期間は2023年1月から2032年12月末までの10年間となっています。この制度は政府と事業者の間で結ばれる「営業権契約」であり、マカオが世界観光・エンターテインメントの中心地としての地位を維持するための、厳格かつ戦略的なガバナンスの枠組みとなっています。

MGMチャイナの市場シェア拡大とデジタル変革
MGMチャイナは2019年時点ではマカオ全体のカジノ売上(GGR)シェアが約9.5%にとどまっていましたが、RFIDスマートテーブルの先行導入やプレミアムマス向けの営業強化により、2023年通期には15.2%、2024年通期には過去最高の15.8%まで拡大しました。
さらに、2024年第1四半期には一時 17%前後 まで達したと報告されています。この急成長の背景にあるのが、カジノ運営を「データとデジタル」へと一気に移行させた革新的な取り組みです。
特にRFIDスマートテーブルの導入により、チップの持ち出しやディーラーとの共謀による不正行為が即座にシステムで検知可能となりました。これにより、運営の透明性が飛躍的に向上しただけでなく、リアルタイムのデータ分析に基づいた戦略的な運営が、同社の過去最高のシェア獲得を強力に下支えしています。

マカオでの成功が支える大阪IRの財務基盤と運営品質
好調なマカオ事業を通じて得られる安定したキャッシュフローと配当は、MGMリゾーツ全体の投資余力を高めています。持続的に自己資本比率を維持しつつ出資できる“経営体力”が、大阪IRのような大型案件にも取り組みやすい強固な財務基盤づくりに寄与していると考えられます。
また大阪IRは、世界最高水準の規制の下で、公正・廉潔なカジノ運営が求められています。MGMがマカオをはじめ世界各地で培った不正防止や運営最適化のノウハウが、開業当初から惜しみなく投入されることが期待されており、日本におけるIR事業の信頼性を担保する重要な鍵となるでしょう。

マカオ大学のキャンパスは緑があふれ、中国とポルトガル様式を融合させたデザインが特徴

世界的に珍しい、統合型リゾート、カジノ運営やゲーミング産業を学術的に研究する専門機関がある
統合型リゾートを「産業」として捉える ― マカオ大学DRTMの人材育成
マカオの巨大IR産業を支える人材はどのように育成されるのか? それは単なる現場でのOJT(実地訓練)に留まらず、学術機関と産業界が密接に溶け込んだ「産学連携のエコシステム」にあるようです。そのメカニズムを解き明かすため、今回の訪問ではマカオ大学(University of Macau)にも足を運びました。マカオ大学では世界的にも珍しい統合型リゾート(IR)と観光マネジメントを専門に扱う「統合型リゾート・観光管理学系(DRTM)」が2019年に設立されました。大学教育の段階からカジノマネジメント、MICE運営、高度なデータ分析といった「IR経営の核心」を学ぶカリキュラムが確立されています。
DRTMでは、IRを単なるカジノ施設としてではなく、観光、MICE、エンターテインメント、オペレーション、人材管理などを含む広範な複合産業として捉える教育が行われています。
学士課程では「ゲーミング管理」と「コンベンション・ホスピタリティ管理」の2専攻を設け、実務と理論を横断するカリキュラムを提供している点が大きな特徴です。マカオの持続的な成長を担う専門人材の育成拠点として、世界中から注目を集めています。
マカオ経済を支えるカジノ部門の雇用と賃金水準
DRTMで学ぶ学生の多くが関心を持つ進路の一つが、マカオのカジノ(博彩業)部門です。業界全体が比較的高い賃金水準と安定した雇用を維持していることから、専門教育を受けた卒業生にとって極めて魅力的な就職先となっています。また政府が外地労働者(非居住者労働者)をカジノディーラーとして認めない政策を維持しており、実際にはマカオ居住者のみが従事できる職種となっています。
マカオ政府・統計暨普查局(DSEC)の最新統計データを紐解くと、カジノ産業(博彩業)が地域経済においていかに重要な雇用基盤であるかが鮮明になります。
【2025年第2四半期末 博彩業統計レポート】
・フルタイム従業員数:52,898人
・平均月額賃金(非定期報酬を除く):27,390パタカ(約53万円)
この月額約53万円という数字は、マカオ全体の平均を大きく上回る高水準な給与帯です。こうした実利的な魅力に加え、大学で培った高度なマネジメント知識を直接現場で活かせる環境が整っていることが、マカオ大学DRTMの高い人気と、強固な産学連携を支える要因となっています。

結論:マカオの統計から展望する日本IRの労働市場
マカオの最新統計が示すカジノ部門の給与水準は、単なる一地域のデータでしょうか?これは、2030年に開業を控える大阪IRが、日本における『サービス産業の価値』を劇的に再定義することを予見させます。
【日本IR開業に向けたキャリアの要諦】
・圧倒的な収益の還元: 高い収益モデルに裏打ちされたグローバル基準の報酬体系。
・専門職としての確立: ディーラー職やMICE運営等、国際的に通用するスキルの獲得。
・人材の流動化: 語学力とホスピタリティを備えた人材への需要が爆発的に増加。
具体的には、これまでの労働集約型の接客業から、データに基づいた収益管理や高度な演出を担う「知識集約型」の専門職への移行が加速します。これにより、若年層にとって観光業が「国際的で高収益な憧れのキャリア」へと再定義されることが期待されます。
マカオで実証されている通り、今後日本でも産学が密接に連携し、国際基準のマネジメント能力を備えたIRプロフェッショナルを輩出すること。それは2030年以後の日本において、観光を真の「国の基幹産業」へと昇華させ、世界と対等に渡り合うための重要戦略となるでしょう。

コタイ・ストリップを一望するパノラマ

2026年 観光ホスピタリティ教育の国際会議「APacCHRIE」が大阪へ
観光・ホスピタリティ分野の学術研究におけるアジア最高峰の会議、「APacCHRIE(アパック・クリー)」の2026年日本開催が決定しています。
会議の概要
- 名称: 第24回国際ホスピタリティ観光教育学会アジア部会学術会議 (APacCHRIE 2026)
- 開催時期: 2026年5月28日〜31日
- 会場: 立命館大学 大阪いばらきキャンパス
- 規模: 世界約17の国・地域から約350名が参加予定
日本開催がもたらす意義と期待
MGM大阪の開業を控え、日本が「観光の量」から「質の転換」を図ろうとしている姿勢が、世界中の教育・研究者から高い関心を集めています。
高度な専門教育が直接IRの高付加価値雇用へ繋がるという、マカオ等で実証された「産学連携モデル」の日本版展開が期待されています。
作成者:井上雄二(Yuji Inoue)
大阪ベイエリアMICE 事務局長
LinkedIn プロフィールはこちら
参考資料・関連リンク
2026年日本開催が決定した国際会議の公示。観光教育の最高峰が大阪へ集結します。
マカオ・香港・広東省を繋ぐ巨大経済圏の動向。IRと地域連携の未来図を探ります。
シンガポールの観光収益過去最高レポート。IRを核とした高付加価値戦略のベンチマーク。
マカオ政府公式の統計データ。回復を続ける宿泊・雇用環境の最新数値を確認できます。
© 2025 Constitutional and Mainland Affairs Bureau / JNTO / STB / DSEC
データ出典:各政府機関・公的機関公開資料に基づき、当事務局にて作成




